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経済・政治・国際

2017年2月25日 (土)

平和を願う哲学

先ほどまで朝まで生テレビを観ていた。憲法第9条に関しても、いつもながらの議論が行われていた。護憲か改憲か、、、ずっとずっと日本の対立軸となってきた。

護憲派は平和主義者、改憲派は普通の国を目指す、、、大ざっぱな括りでいくとこのような色分けをされてきたように思う。そういう括りの中では、私は護憲派だった。
しかし、論客達の議論を聴いていく中で、もうそろそろ新しい視点から平和を考えて行かなければならないと思い始めた。
国会での稲田大臣の答弁を聴いていると、そもそも明らかに現憲法下では違憲な自衛隊の存在を余りにも無茶な解釈をもって合憲としてきた事の矛盾から、恐らく本当は能力があるであろう稲田さんが無能に見えてくる状況となるのである。
合憲か違憲かという議論が下火になった事から、実は違憲だという保守系からの本音もみえるようになってきた。
究極の理想とすれば、現憲法の第9条は世界で最も進んだ条文であろう。
間違いなく22世紀のあるべき姿だと思う。
しかし、今の世界の状況をみると、全ての武力を放棄し世界の信義を信じることは、不可能と言わざるをえない。
護憲か改憲かと言う事から、心から平和を願っているか!絶対に人が人を殺す様な事があってはならない!という心の哲学をもつかどうか、これがこれからのキーワードではないか!
残念ながら、これまで国の最高指導者から、例えば原爆記念日、終戦記念日に、選挙演説中の当選する為の熱弁と同じ様なメッセージを聴いた事がない。
もし、今の憲法に対し、子供でもわかる違憲状態を直す為に憲法改正が必要とあれば、
その平和への想いを国民に、いや全世界に届くメッセージを心から伝える事が必要である。
護憲派も矛盾を抱えてしまっている。元々は護憲派のほとんどは、自衛隊は違憲と考えていた。しかし、そこを論議する段階を過ぎてしまった今、とにかくこれ以上軍備拡大しないためには護憲しかないと、違憲である事がわかりながら護憲を訴え続けている。
第3の道、、、、もし9条を変えるとしたら、「最終項に世界統一の警察力が誕生すると同時に、我が国は戦力を全て放棄する」という項を入れる事。
本当に平和を願い、そしてそれでも今は憲法を変えなければならないというならば、護憲派の人達を説得するにはこれしかない。
もし、もくろみがそうではないならば、護憲派には伝わらないであろう。
日本国憲法第9条は究極の理想のものであると改憲派が認める事が必要である。
そして、絵空事ではなく「世界連邦」樹立こそが、人類の目指す道であると私は確信する。

2017年2月10日 (金)

宇宙の原理 VS 世界連邦

こんなタイトルで意見を述べる人など恐らく居ないだろう。

ただ、私は冗談抜きで悩んだ末このタイトルをつけた。
是非読んで頂きたい。
トランプ氏がアメリカ大統領になり、次々に大統領令を発令し、世界中が不安や怒り、或は支持者にとっては、まるで2ちゃんねるのように本音が表に出せるようになったこと。
世界の流れが大混乱に向かっているように感じる中で、何故か私は、宇宙、この世界と言うものが、人間の力ではどうしようもない意志をもった存在のように(否定したくとも)思うようになった。
私達が毎日暮らしている例えば友人同士、ご近所同士。ほとんどの人がうまく関係を築いているのは、全ての本音を言わないからだ。本当の親友や家族ならともかく、それ以外は
気に入らない事を言わないからこそ関係が築かれているのだ。
2チャンネルでは、時として、本来自分の耳に入って来ない聴きたく無い話も入ってくる。
そういう世界が2ちゃんねるだけではなく現実の世界に広まったら、もうあっという間に人類は滅亡する。そんな危険な状況は、宇宙の原理の大きなプログラムから来ているのではないかと。普段は全くそんな事は考えないのだが、そもそも宇宙が無から誕生したという事が、人間には到底本当の答えが見つからないまま、しかし、、、どう考えてもこれは夢でもなく現実の謎である。
無から有を作り出せるのはとてつもない絶対的な力以外にないと私は思う。
例えそうだとして、諦めるしか無いのか。
ちっぽけな力でも、抵抗してみようではないか!!
哲学者マキャベリの君主論の一文が私の人生哲学だ!
「世の中にはどうしようもない運命というものが確かにある。しかし、その3分の1くらいは努力で変える事が出来るかもしれない」
世の中には不可能と思われるものが2種類有る。どうあがいても物理的に絶対に不可能なものと、不可能と言われる状況だが、もの凄い努力をすれば物理的には可能なもの。
いま起こっている世界の諸問題を解決できるであろう唯一の道、それは「世界連邦」を作り上げる事。現実には不可能であっても物理的には不可能ではない。
私は、世界連邦樹立こそが人類を救う究極の選択であると、本気で世の中に訴えたいと思う。 人類は諦めない!!!!

2016年12月 3日 (土)

次期大統領トランプの真の姿とは

結論から言えばアメリカ国民は間違った選択をしてしまった。

よもやの大統領選出の後、日本の識者と言われる人達もこぞって、以外に常識人かもしれないとか、優秀なビジネスマンだと賞賛したりと。だが、それは希望的観測に過ぎないのである。確かに優秀なビジネスマンだとしても、それはそれだけの話である。人類の未来に対する哲学とは無関係なのである。
少なくともトランプの頭の中にはアメリカの事しかない。世界平和や危機が迫る環境問題など、おそらく哲学等はない。残念ながら、現時点で私がトランプに下した見方だ。
せめて、彼の独走を少しでも少なくし、4年後の大統領選挙まで被害を最小限に食い止める事しかないようである。
私は、これまで生きてきてここまで断定する言い方をした事は無い。
だが、残念ながらトランプは違う。本当にしっかりとした人類の未来に対する哲学のある人ならば、たとえそれが戦略だとしても、あれだけの極端な発言を選挙中に繰り返す事はない。本当に素人なのである。
民主主義の中で、選挙と言う方法により断は下った。負けても従うのが不正が無い限り民主主義の掟である。それなのに、全米各地に置きている、大統領としてトランプを認めないというデモ活動は、それこそ、ルールを越えても阻止せねばという未来に対する危機感のなせる技である。
いま一番戸惑いだしたのは、実は当選してしまったトランプ自身なのかもしれない。

2016年11月 3日 (木)

蘇れリベラル勢力!!

アメリカ大統領選挙がまもなく行われる。にわかにトランプ大統領の可能性も出てきた。

IS問題、北朝鮮問題、シリア問題、ウクライナ問題、世界の火薬庫がそこここにある中、過激な大統領誕生は大きな危険をはらむ。
日本国内に目を向ければ、政権自体の右傾化はあきらか。国会議員にとって一番大切な事は何か?どうやらそれは選挙らしい。かつて自民党にはリベラルな人材が多数いた。おそらく心の本音では今でもかなりいると私は思っている。しかし、声があがらないこの現状は、自分の保身が第一と思えてならない。
世界はそのほとんどが資本主義経済体制となった。しかし資本主義、経済優先主義が勝利したわけではない。共産主義、一党独裁主義が負けたのだ。
資本主義経済のほころびは、このイデオロギーが必ずしも未来の理想形で無い事を物語る。もちろん競争は必要である。しかし、弱者に目を向けた、競争の結果からの補正を行う社会民主主義的な資本経済が近未来を救う鍵に思えてならない。
競争による社会の歪みも修正して行く、そして、隣人と協調していく社会、戦争の無い世界。ベストなイデオロギーは私には今はわからない。しかし、将来に向かって今考えられるもっともベターな選択はリベレル社会ではないだろうか。
リベラル勢力の大結集を強く望む。

2016年10月24日 (月)

小池都知事の思惑とは?

昨日、2つの衆議院補選の結果が出た。

結果的にはどちらも自民党が形上勝利を収めたという内容だが、多くの方がお感じのように、今回は決して自民党が勝利した訳ではない。東京の方は小池陣営の勝利、福岡は(これも小池知事が絡んでいるが)弔い合戦で勝ったというのが実情であろう。
民進党では、蓮舫代表の就任が全くブームを起こせなかったという分析もあるようだが、蓮舫氏の問題ではない。要は知事就任から小池氏が今のところ期待に応えているということ。
通常は民主党に流れる浮動票や反自民票が、自民党公認の若狭氏に流れただけである。
本来、民進党に期待する改革勢力のかなりの部分が、こと東京都では小池陣営に流れている。この事は小池氏自身も認識しているであろう。
今回、先の都知事選で小池氏を応援し処分を受けた7人の都議が実戦部隊として活動した。その他の9人の都議をこの7人は選挙カーに近づけなかったという事だ。
本来の自民党執行部の思惑は、この選挙で応援した7人を、当選が確実視される若狭氏の選挙で赦免するというものだったが、この9人を近づけなかったという事が、事態を少しややこしくしているようだ。
私は、もしかしたらこれは感情論ではなく小池陣営のしたたかな戦略では?と考える。
自民党に対し簡単に事態を収拾するのではなく、自ら主導権を握り、敢えて手打ちのハードルをあげる。東京都議会が全面協力しない限り、小池新党はいつでも作りますよという切り札を持ち続けるという戦略。そうであれば、これは相当したたかであり、日本の政治状況が混沌とした場合、最終的に女性首相を目指す絵図まで選択肢に入っているのかもしれない。
小池氏はかつて、日本新党時代、細川氏が一人で立ち上がり、そこから宰相まで駆け上がった流れを側近として自ら経験している。
小池百合子という人物が思った以上にやり手であったという事、この数ヶ月で認識を新たにした方はかなり多いはずである。
今後の流れを注視したい。
最後に一つだけ残念に思った発言がある。
東京都の事は小池に、地域の事は若狭氏にと言った発言だ。
選挙で票になるのは「地域」なのかもしれないが、国会議員の仕事は地域ではない。
誰も指摘しないが、珍しい失言であつたと私は思う。

2016年10月22日 (土)

間違いを認める勇気

今も続く政治討論番組「朝まで生テレビ」

これまでの番組の歴史の中で数々の論客が出演してきた。
その中からその後政治家になった人も多い。
舛添要一、猪瀬直樹、高市早苗、海江田万里、福島瑞穂、辻本清美等々
論客時代の彼ら彼女らは立場こそ違え、舌鋒鋭くコアなファンも多かった。
朝まで生テレビだけに限らず、評論家、学者から政治家になった人や当選はしなかったが、
立候補した人も数多い。
舛添、猪瀬の両名は特に「もし政治家になったら!」という期待度も高かったが、最終的にはご承知の通りである。
私は、彼らをここで批判する事が目的ではない。
自分にも照らし合わせて、彼らも強い志はおそらく今も持ち合わせている。
しかし、不祥事で失脚してしまった。
論戦において本人の資質に加味されるのは「攻める側」という事。
攻める側はやはり強いのである。私達は、そしてそこにヒーローの妄想を抱く。
ヒーローは決して悪い事はしない。彼らの言っている事、やろうとしている事は正しいと。
しかし、やはり聖人君子等は実際には中々いない。間違いもするし、個人的な欲望も強い。
間違いや欲の結果が表に出ると、世の中から徹底的に攻撃される。
悪い事は悪いし、彼らも普通の人間。いつの間にか勘違いや、思考の麻痺も起こってしまったのだろう。
だからといって、彼らの志そのものが偽物だったと思いたくはない。
私自身もそうだ。いくつも間違いを犯してきた人生だ。でも志は今も持ち続けている。
要は、間違いをすぐに、それも心から認める事であると思う。
どんなに頭が良くても、間違いに対する弁明は、いずれ破綻しより惨めな結末を迎える。
これからも、色々な問題が出てくるであろう。
その際、素直に認めて欲しい。そして出直して欲しい。
持っている能力を世の中の為に発揮するために!!

2016年10月19日 (水)

やはり野に置け蓮華草

東京都知事選が終わって早3ヶ月となろうとしている。

予想以上の大差で敗れた鳥越俊太郎さんを、最近何度かテレビで見かけた。
私が鳥越さんに対してずっと抱いていたイメージは、舌鋒鋭く社会の闇に切り込んで行く姿。
しかし、都知事選でのイメージは、あまりにも横綱相撲のように見えてしまった。
鳥越氏の想いは理解出来たが、なぜか選挙戦に入ってからのイメージは鋭さに欠けているように思えてならなかった。
本来なら、憲法問題は国会の仕事。再び国政選挙へ!という筋書きもあるはずだが、おそらくそれはないであろう。
テレビで観る鳥越さんはジャーナリストがよく似合う。
今日テレビで鳥越氏を観て「やはり野に置け蓮華草」という言葉を久しぶりに思い出した次第である。

2016年10月18日 (火)

橋下徹とは

弁護士としてテレビ番組に出演するようになり、その後はご存知のように日本の政治を動かす一大勢力を作るまでに至った橋下徹氏。

昨日、彼の冠番組をたまたま観てある事に気付いた。
彼の能力で一番秀でているものは「ディベート力」ではないかと。
正直、私は彼のファンでも反対勢力でもない。賛成するところもあれば、そうでないところもある。実はその原因は、たぐいまれな彼のディベート力にあるのではないかと、昨日番組を観ていて思ったのだ。
ディベートとは、もちろんご存知の方も多いと思うが、一つの事柄に対して、肯定、否定の意見を表明し理由を述べる。しかし、本人の真意がどこにあるかは別として、真逆の意見を述べても相手を打ち負かせる、それがディベートでありディベート力である。
かつて、朝まで生テレビに出演したオウム真理教のスポークスマン・上祐氏の発言はまさにディベートであったと、司会の田原氏に話した事が田原氏本人から述べられている。
実は私自身も、20年程前あるディベート大会に参加して最優秀の評価を受けた事がある。
ディベートとは、「嘘を言う事ではなく、自分の中にある複雑な思いを両方から語る」側面もある
本題に戻るが、番組では橋下氏の過去の発言・行動を取り上げていた。
大阪府知事選前にテレビ出演した際、「出馬は2万パーセントありません」と言った事に関する弁明。
もう一つは、大阪市長として住民に「都構想の是非」を問い僅差で敗れた事に関して、三浦瑠璃氏から別のやり方をすれば勝てたのではないか!と問われた事の弁明である。
この2つの問いに対する答えは、私には全く相反するものに思えた。もちろん橋下氏ならば、相反するものでない事を理路整然と説明するのであろうが、、、、
2万パーセント出馬はない!と言った事に関し、当事まだテレビ番組等の契約中であり、スポンサー等に迷惑を掛けるので、契約している身としては、当然ああいう発言となるのはあたりまえだと。そして、その事の是非はその後の選挙で表れるものであり、住民は私を選んでくれたという内容である。
もう一つの、大阪都構想に関しては、「確かにあるやり方をすれば勝てた事は分かっている、しかしこういう問題は正攻法で攻めるのが自分の哲学」
敢えてこの先は私のコメントは入れず、皆さんそれぞれの判断に任せたいと思う。
ただ、一言だけ、、、100パーセントは重い。それを200倍する重さをどう認識しているのだろうか?

もしかしたら、この国を変えるのはこの人達かも?!

連日のように小池都知事の映像がテレビから流れている。

この20年、それまでの日本と大きく変わったもの、それは都道府県知事の存在感だ。
改革派知事と呼ばれた何人もの知事が誕生し、タレント・有名人の知事も大きく誕生した。
一頃、「タレントに政治ができるか!」と言われていたものだが、今の世の中、政治家になった後は世論がその動向を厳しくチェックしている。確かに単なる知名度目的で担ぎ出された有名人も数多くいるが、こと知事に限っては本人の意志をもって立候補しているケースがほとんどという特徴がある。少なくとも一般市民がより政治に関心を持つようになった事は事実である。
今回、新潟県知事選挙では、全く下馬評と異なる結果に終わった。これを生み出したのは、やはり大統領制的直接選挙による力が大きい。
改革派知事と呼ばれた知事も近年数多く存在する。
タレント知事や改革派知事を含めると、おそらく各都道府県の現職、元職を合わせ、多くの一般市民の人達が、複数名の知事の名前を挙げられる時代になった。
もしかしたら、この地方の連合体が日本の政治のあり方を変える大きな力となるかもしれない。二大政党制自体を呑み込んでしまうような力となった時、日本は本当に変われるのかもしれない。

2016年10月14日 (金)

もし、いま堤義明が表舞台にいたら、、、

西武鉄道グループの総帥であった堤義明氏が、不祥事により表舞台を去って久しい。

若手豪腕経営者と言われた彼も、すでに80才を越えている。
義兄の西武流通グループ(セゾングループ)をを率いた清二氏は既に他界、時代は流れた。
40年前、私が学生だった時に、書店で一冊の本が目に飛び込んだ。
西武一族 ー堤家の発想という本だった。創業者である康次郎の逸話の数々、そこから若き義明が学んだ物、そして西武ライオンズの誕生と江川穫りの真実などが綴られている。
堤義明が幾多の場面で実践し事業を成功に導いた父・康次郎の言葉がある
「皆が賛成したらその事業はやるな!反対されたら実行しろ」という言葉。
大磯ロングビーチは、海のすぐ側にあんなもの作ってもと役員がそう反対したが、
結果的に大成功。
1970年頃、空前のボーリングブームでボーリング場の建設ラッシュが続く中、絶頂期に撤退。 おそらく「なるほど!」と思われる方も多いのではないだろうか。
そして、横浜球場建設でノウハウを得、プリンスホテル野球部を作ると平行し、いつの間にか西武球場の建設とライオンズの買収。
そんな中で、この本の結びにたった一つの失敗が描かれている。
一人の天才投手の希望球団はジャイアンツ。そう、江川投手の第1回目のドラフトである。
まだ、当事ライオンズはクラウンライターがオーナーであり来期の新監督はあの根本陸夫
であった。当事堤義明の頭の中には、ライオンズ買収計画がすでにあり、その買収の最大のメリットはドラフトでライオンズが指名した江川卓であった。江川ごとライオンズを買収、オープンする西武球場のスターとして江川を売り出す。
これまで、驚くべき発想で事業をことごとく成功させてきた西武鉄道グループ堤義明にとって、江川穫り失敗は唯一無二の失敗だったと綴られている。
あの堤家の発想を持ってしても、少年の純粋な「巨人軍に入りたい!!」という思いの前に破れたと。
今、東京オリンピックのコスト問題が国民を巻き込んでのものとなっている。
かつてJOCの会長として絶大なリーダーシップを発揮した堤義明氏が、もし表舞台にいたなら、状況はどうなっていただろうか、、、、。今となっては たら、れば の話であるが。