リンク・コーナー

« スポーツ界に観る時代の変化 | トップページ | 法律と刑 - デゥテルテ大統領に思う »

2016年10月 3日 (月)

大谷選手が本物である証をみた。

日本ハムファイターズの大谷選手の活躍は、皆さんご存知の通りだが、たった今、フジテレビでの特集をみて、若くして本物である事を確信した。

超一流選手という言い方はニュアンス的に経験を伴って仲間入り出来るものという感覚があるが、「天才」は違う。天才は若くしても天才である。
私は、かつて別のブログで書いた事がある。それはサッカーのジーコ選手と中田選手がいみじくも同じ事を言っていたその言葉だ。
「一流選手はプレー中に頭の中で立体的に状況を分析しながらプレー出来る」ということだ。この言葉を聞いた時目からウロコの思いがした。
それは、私が同じ様な事を実際に目の当たりにした事があったからだ。
私は、アマチュアではあるが30年ほど吹奏楽団の指揮者をしている。
曲を作り上げていく中で必ずする事がある。本番の演奏会が近くなると、実際のホールを使って合奏練習をするのだが、その時必ずホールの客席奥から客観的に演奏を聞くメニューを行う。実は楽団のすぐ前で指揮をしながら演奏をまとめていく事では、聴き取れない事が多いのだ。サウンド、響き、バランス、ブレンド感などが、客席奥からだと冷静に判断出来るのだ。
ある時プロの指揮者を呼んで練習を指導してもらう機会があった。
私は客席奥にいてそれを観ていたわけだが、その時に大きな発見をした。
実は、プロの指揮者の指摘する内容は、客席で私が感じた事とほとんど同じだったことだ。その時に思ったのは、プロが凄いのは、自分より指摘が正確に出来る事ではなく、演奏者の目の前にいても、客席奥で聴いているかの如く音楽を聴けるという事だ。
大谷選手は優勝を決めた試合後にこう話していた。「今日は、自分の投球を上から観戦しているような気持ちで投げていました。」と。
おそらく、大谷選手は、ジーコや中田選手の言った事を知ってはいなかったろう。
自分自身で自然にその状態に、それも優勝を決める試合で出来たという事。
やはり大谷選手は「天才」なのだろう。今日は日本のスポーツ界に天才が現れた事を知った日となった。   関連記事

« スポーツ界に観る時代の変化 | トップページ | 法律と刑 - デゥテルテ大統領に思う »

スポーツ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大谷選手が本物である証をみた。:

« スポーツ界に観る時代の変化 | トップページ | 法律と刑 - デゥテルテ大統領に思う »