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2016年10月 9日 (日)

組織と体質そして本音

連日、豊洲問題が取り上げられている。誰が決めたことなのか、中々解明出来ない。

しかし、常識的に考えてそれはありえない。一人一人の人間を、おそらく個人として考え方や人となりを分析した時、それぞれが常識人であっても、一旦組織の人間として行動する際は全く考えられない行動をする。
都庁に限った事ではない。
私は大学を卒業してから数十年一貫して民間人として過ごしてきたが、ライフワークとして活動してきた団体で、長年ある県の役員として活動してきた。
この役員会は30名程で構成され、私の在職中私以外は全て教員もしくは教職定年退職者であった。
中には国語の先生もいる、社会の先生もいる中で、役員会の席に置いて規約を検証する場面があった。子供でも分かる「内容がおかしい部分」があり、私が指摘したが同調する人間はただの一人もいなかった。
普段一人一人と話している時、それぞれが皆人格者であった。
しかし、事が「教員の立場、教員としての上司の不利益となるような問題」には、皆が口を閉ざす。私が名指しで「〇〇さん、おかしいと思いませんか?」と問いつめても、的を射ないものばかり。中には、「何がおかしいのか全く分からない!」という役員までいた。
この会議を、民間人である私の友人数名がオブザーバーとして傍聴していたが、皆呆れ返っていた事を今も鮮明に記憶している。
その後の懇親会である役員が、私のところにきて「難しい問題だよね」とポロリと話した。この難しいという意味は、組織の中で生きていく中でと言う意味に私はとれた。
世の中には「駆け引き」という言葉がある。政治家の発言には「観測気球」と言われるものも多い。外交は特にこの国と国との駆け引きというものが重用視されるのであろう。
しかし、私は思う。複雑な外交問題を解決するには最後は「本音で話す」しかないと。国会の役人、大臣の答弁を聴く度に、「本音で話そうよ!」「人間の言葉で話そうよ!」と思う。
駆け引きを使わない、それがもしかしたら肯定的な意味で最大の駆け引きなのかもしれない。  関連記事

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