リンク・コーナー

« キャラクターが変わった芸能人 | トップページ | テレビ局と新聞社 »

2016年10月 3日 (月)

拉致問題に改めて非道さの原点を思う

拉致問題、北朝鮮との間で全く進展がないまま、1年、また1年と時が過ぎていく。

この問題に関するニュースを目にする度に思う事がある。
先ず、国民一人一人が肉親の立場ではなく、拉致された本人の立場に自分を置いてみてどれだけ考えたのだろうかということ。
皆さんは一瞬でも、本当の絶望を感じた事があるだろうか!
たとえば、大恋愛をした時、恋人が去った事実を悟った時。
大切な人が突然交通事故で亡くなって、それを冷静に分析した時。
自分が例えばガンで余命6ヶ月と告げられた後、それを改めて認識した時。
もちろん、悲しい出来事に遭遇した時点の精神的ショックは計り知れないが、
「むしろ絶望は、状況を冷静に分析した時に起こる感情」だと思う。
恋人を失った時、全てを失ったと感じた経験のある人。
自分がガンと告白された人。
それぞれ絶望的な状況ではあるが、改めて考えて欲しい。
例えば、横田めぐみさんは、拉致され連れ去られた場所、そこがどこかを認識した段階で、恐らく本当の意味で絶望を感じたのだと思う。今までの人生の全てを、たった一瞬で失ったのだから。
そして、これもあまり報道はされないが、拉致被害者のどれだけの人がその後精神障害になった事だろうか。どれだけの人が「うつ病」になってしまったのだろうと。
実は、私自身がかつて一瞬ではあるが本当の「絶望」を感じた経験があり、拉致問題の報道がある度に、横田めぐみさんの心境に思いを馳せるのである。

« キャラクターが変わった芸能人 | トップページ | テレビ局と新聞社 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事