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2016年10月14日 (金)

もし、いま堤義明が表舞台にいたら、、、

西武鉄道グループの総帥であった堤義明氏が、不祥事により表舞台を去って久しい。

若手豪腕経営者と言われた彼も、すでに80才を越えている。
義兄の西武流通グループ(セゾングループ)をを率いた清二氏は既に他界、時代は流れた。
40年前、私が学生だった時に、書店で一冊の本が目に飛び込んだ。
西武一族 ー堤家の発想という本だった。創業者である康次郎の逸話の数々、そこから若き義明が学んだ物、そして西武ライオンズの誕生と江川穫りの真実などが綴られている。
堤義明が幾多の場面で実践し事業を成功に導いた父・康次郎の言葉がある
「皆が賛成したらその事業はやるな!反対されたら実行しろ」という言葉。
大磯ロングビーチは、海のすぐ側にあんなもの作ってもと役員がそう反対したが、
結果的に大成功。
1970年頃、空前のボーリングブームでボーリング場の建設ラッシュが続く中、絶頂期に撤退。 おそらく「なるほど!」と思われる方も多いのではないだろうか。
そして、横浜球場建設でノウハウを得、プリンスホテル野球部を作ると平行し、いつの間にか西武球場の建設とライオンズの買収。
そんな中で、この本の結びにたった一つの失敗が描かれている。
一人の天才投手の希望球団はジャイアンツ。そう、江川投手の第1回目のドラフトである。
まだ、当事ライオンズはクラウンライターがオーナーであり来期の新監督はあの根本陸夫
であった。当事堤義明の頭の中には、ライオンズ買収計画がすでにあり、その買収の最大のメリットはドラフトでライオンズが指名した江川卓であった。江川ごとライオンズを買収、オープンする西武球場のスターとして江川を売り出す。
これまで、驚くべき発想で事業をことごとく成功させてきた西武鉄道グループ堤義明にとって、江川穫り失敗は唯一無二の失敗だったと綴られている。
あの堤家の発想を持ってしても、少年の純粋な「巨人軍に入りたい!!」という思いの前に破れたと。
今、東京オリンピックのコスト問題が国民を巻き込んでのものとなっている。
かつてJOCの会長として絶大なリーダーシップを発揮した堤義明氏が、もし表舞台にいたなら、状況はどうなっていただろうか、、、、。今となっては たら、れば の話であるが。

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