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2016年9月26日 (月)

リベラルという政治的ポジション

私の政治的ポジションとしてはリベラル。大学時代の卒業論文は「何故自由主義を選ぶか」というタイトルでした。友達には左よりの正義感の強い人間も多かった為、この卒論は理想は心に秘めつつも、私は自由主義社会で生きて行きたい!という社会人になる決意を表したものでした。人間は生まれた時に既に顔形は平等ではない。

美人の顔が好きという一般的な考えを否定する社会には到底できない。それは人間の感情だからです。競争をして、そして成功した人たちからより多く還元してもらい底辺を上げながら進歩していく道がベストではないにしろベターだと思っています。そして、その上で保守の中に反戦を強く願う人々がたくさんいても良いはずだと20代、30代の頃そう思っていました。リベラルという言葉が使い始められたのはいつごろでしょうか?細川政権の後ぐらいでしょうか。まさしく私はリベラルとして生きて行きたいと思います。
20年くらい前の朝まで生テレビに当事はまだ社民連にいた菅直人さんがパネリスト
として出ていました。その時の菅さんの発言内容は、完璧にそれまで私が考えていた事と一致していて衝撃を受けました。
昔はハト派という言葉を使っていましたが、ハト派というと軍事・外交に範囲が絞られる感じがします。リベラルは資本主義の中の社会民主主義的な考え方だと思います。
日本共産党、主義はともかく現在の政党の中では非常に真っ当な政党だと思います。もし、共産党が、この資本主義の中で生きて行く!そして間違った事を少しずつ改善していく!と宣言し、党名さえも変えたら、これは日本を変える大きなきっかけになりうると思います。
やはり資本主義は万能ではない、神の見えざる手だけでは難しいと私は思います。
学生時代に共産主義思想に走った友人に私が言った言葉があります。
「大きな川が流れている。川の水は汚れているからあなたはその中で川の流れを止めようとしている。でも、水の勢いが強くてあなたは流されてしまうような気がする。僕は川の流れに逆らわずに流れに任せて泳ごうと思う。長く泳いでいれば体は汚れるけれど、その分少しだけ川の汚れをとる
事が出来る。そんな生き方がしたい!」

先日自民党の加藤紘一さんが無くなられました。告別式で盟友の山崎拓さんが言ってました。リベラルの中のリベラルだったと。
私が残念でならないのは、同じ宮澤派にライバルとしていた河野洋平さんと、何故手を組む事が出来なかったのかという事です。見据える方向は一緒だったはず。ご冥福をお祈り致します。

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